- 協力隊の今を伝える!【第2回目】ロスから移住した都筑 正寛さん
- 地域おこし協力隊 2020.10.19
日高村で活動する地域おこし協力隊のリアルな声をお届けする日高村地域おこし協力対インタビュー。第二回は都筑正寛さん。一昨年ロサンゼルスから高知県に移住し、昨年の4月から地域おこし協力隊をして活動を開始。そして、今年の6月からはMasacasa Tacosとしてキッチンカーを開始。
K:日高村の協力隊になった経緯を教えてください
M:自分のしたい事を実現する環境が日高村は整ってましたね。
完全帰国する前に日本中を旅してたんです。その時、友人に誘われて初めて高知県の日曜市に来ました。そこで、地元の方や先輩移住者の方を紹介して頂いて「繋がりを作るためにチャレンジショップをやってみれば?」と言われて、挑戦してました。そこでは、ロス時代に携わったレコードや雑貨、タコスの調味料等を販売してました。活動中に、市内のアーティストの方や日高村の方と知り合えて「高知県面白いなぁ」って。それで日高村の方に、「ロスでの経験を活かして、音楽制作や現地のアーティストを呼んでイベント等したいんですよ」って話したら、日高村の酒蔵ホールを紹介してくれたんです。自分も、「音楽×食」で活動できるところを探してたし、音楽イベントは、クラブとかよりも高知っぽい場所でやりたかったんで、いい場所を紹介してもらえましたね。
食に関しては、最初はいの町の農家さんにハラペーニョを育ててもらってました。その時に、サルサには必需品のトマトが日高村は有名だと教えてもらったんです。それに、いの町と日高村は隣同士って分かって。あと、地キビ(トルティーヤの生地)は吾北の方で作っている方が居たり、土佐市の仁淀川沿いの農家さんに作ってもらっていて。
イベント開催ができる酒蔵ホールもあって、仁淀川流域にはタコスの為の食材が揃っていて、日高村は自分のしたい事を実現する環境が整ってたんですね。だから、"ここを拠点にしよう!"と。タコスを通じて地キビなどの高知の昔ながらの食材やジビエを使って生産性が出るようにしたいのと、高知の食文化を繋げて、文化的に広めたい。また、自分もここで起業して村の人とも繋がりが生まれるようにしたい。そういう思いもあって日高村の協力隊に応募しました。
K:日高村に移住して1年3ヶ月経ちますが、住む前とで印象は変わりましたたか?
M:市内ではなかった物々交換を通じて、いい人が沢山いると実感しましたね。また、実際に住んで分かったことが、市内から汽車で30分と以外と近くて便利ってことですね。
元々、田舎に住んでみたい気持ちもありましたね。と言うのも、"田舎暮らしってどんな感じなんだろう?"って。だから、移住してすぐに自治会にも入りました。
田舎独特の、"近所の公民館に集まって飲む!"みたいなのは苦手な人もいるけど、自分の場合は苦じゃなかったですね。一緒に飲むことで、そこでの暮らしやルールみたいなのも分かるので。
日高村に住む前は市内に住んでたんです。で、日高村で住み始めたら、家の庭先に野菜が置いてあったりして。そして、それを彼女がパンにしてあげたりとかね。物々交換による人との触れ合いって市内じゃ全然なくって。この時「あぁ、日高村っていい人が沢山いるなぁ」って実感しましたね。それに、村民の方は新しいもの好きで、親切な人も多いなと。あと、実際に住んでみて分かったのは市内が近いってことですね。汽車でも30分くらいで行けるので便利です。
K:協力隊になって感じたことはなんですか?
M:協力隊のフリーミッション枠で活動できるので凄く助かっています。フリーで動けるので、デイサービスや読み聞かせ、料理教室等に参加しやすく、そこで村民の方との繋がりを築くと同時に村に馴染むことができました。
着任する前は、フリーミッションなのかどうかが定まってなかったこともあって、自分がどういう形で活動していくのか不明で少し不安でしたね。でも、結局フリーミッションで動けることになったので、凄く助かってます。
フリーで動けるので、デイサービスや市内でも行っていた読み聞かせ、料理教室等に参加してました。それによって、村民の方との繋がりを築くと同時に村に溶け込むようにしています。元々、海外に住んでいた時から「人が人を繋げる」という意識はあったので、こっちに来てからも変わってないですね。
最初は店舗も探してたんです。いずれは店舗を構えたいと思っていたので。でも、なかなか見つからなかったですね。ただ同時に移動販売も考えてました。と言うのも、タコスは宣伝が必要だと分かってましたし、移動販売の方が人の集まる場所に行きやすいなと。ロサンゼルスでは移動販売が主流なんです。それに、イベント出店もしやすいし。それで、「車両探してるんですよ」と言っていたら、知り合いの方にお声かけ頂いて。そこからはとんとん拍子で話が進んで、確保することができました。これもやっぱり"縁"だと思いましたね。それに、内装のセットアップも村民の方に手伝っていただけました。それこそ、車両を譲ってくださった方と村民の方も今は凄く仲良くやってますね(笑)
K:今後の目標はなんですか?
M:これから日高村で定住できるように、もっと生産者と繋がりを作り「音楽×食」で活動していきたいです。
「音楽×食」で活動をしていきたいので、生産者との繋がりをもっと作りたいですね。そして互いに連携し、タコスを通じて地キビなどの高知の昔ながらの食材やジビエを使って生産性が出るようにしたいのと、高知の食文化を繋げて、文化的に広めたいですね。また、自分もその輪の中に入って生活できるようにしていきたいと思っています。それと、キッチンカーで様々なイベントにも行けるようになったので、もっとファンを増やしていきたいですね。
K:協力隊へのアドバイスはありますか?
T:「相談しやすい」又は「話しやすい」人を一人見つけることかな。
協力隊として活動する人のスタンスや気持ちが大事。"やりたいことがあって、それをしたい!"というのと"ちょっと田舎でゆっくり過ごしたいなぁ"では過ごし方が全然違ってくると思います。だから、応募する前に、自分が出来ることやしたい事が見つかるのに越したことはないです。ただ、実際に活動していく中でしたい事とかは変化していくと思うけど、それは全然あっていいと思います。
あと、年齢関係なく「相談しやすい」、又は「話しやすい」人を一人見つけることも大事ですね。"みんなと仲良く"や"みんなにいい顔"すると大変だと思います。なので、その中でも一人、自分が話しやすい人・互いに相談に乗れる関係の人がいると、第3の場所みたいな感じで、田舎でも生活がしやすくなると思います。それに、そういう人がいると生活の視野も広がりますから。
いきつけいなかで他にもいろんな協力隊の活動を紹介中です!>
K:日高村の協力隊になった経緯を教えてください
M:自分のしたい事を実現する環境が日高村は整ってましたね。
完全帰国する前に日本中を旅してたんです。その時、友人に誘われて初めて高知県の日曜市に来ました。そこで、地元の方や先輩移住者の方を紹介して頂いて「繋がりを作るためにチャレンジショップをやってみれば?」と言われて、挑戦してました。そこでは、ロス時代に携わったレコードや雑貨、タコスの調味料等を販売してました。活動中に、市内のアーティストの方や日高村の方と知り合えて「高知県面白いなぁ」って。それで日高村の方に、「ロスでの経験を活かして、音楽制作や現地のアーティストを呼んでイベント等したいんですよ」って話したら、日高村の酒蔵ホールを紹介してくれたんです。自分も、「音楽×食」で活動できるところを探してたし、音楽イベントは、クラブとかよりも高知っぽい場所でやりたかったんで、いい場所を紹介してもらえましたね。
食に関しては、最初はいの町の農家さんにハラペーニョを育ててもらってました。その時に、サルサには必需品のトマトが日高村は有名だと教えてもらったんです。それに、いの町と日高村は隣同士って分かって。あと、地キビ(トルティーヤの生地)は吾北の方で作っている方が居たり、土佐市の仁淀川沿いの農家さんに作ってもらっていて。
イベント開催ができる酒蔵ホールもあって、仁淀川流域にはタコスの為の食材が揃っていて、日高村は自分のしたい事を実現する環境が整ってたんですね。だから、"ここを拠点にしよう!"と。タコスを通じて地キビなどの高知の昔ながらの食材やジビエを使って生産性が出るようにしたいのと、高知の食文化を繋げて、文化的に広めたい。また、自分もここで起業して村の人とも繋がりが生まれるようにしたい。そういう思いもあって日高村の協力隊に応募しました。
K:日高村に移住して1年3ヶ月経ちますが、住む前とで印象は変わりましたたか?
M:市内ではなかった物々交換を通じて、いい人が沢山いると実感しましたね。また、実際に住んで分かったことが、市内から汽車で30分と以外と近くて便利ってことですね。
元々、田舎に住んでみたい気持ちもありましたね。と言うのも、"田舎暮らしってどんな感じなんだろう?"って。だから、移住してすぐに自治会にも入りました。
田舎独特の、"近所の公民館に集まって飲む!"みたいなのは苦手な人もいるけど、自分の場合は苦じゃなかったですね。一緒に飲むことで、そこでの暮らしやルールみたいなのも分かるので。
日高村に住む前は市内に住んでたんです。で、日高村で住み始めたら、家の庭先に野菜が置いてあったりして。そして、それを彼女がパンにしてあげたりとかね。物々交換による人との触れ合いって市内じゃ全然なくって。この時「あぁ、日高村っていい人が沢山いるなぁ」って実感しましたね。それに、村民の方は新しいもの好きで、親切な人も多いなと。あと、実際に住んでみて分かったのは市内が近いってことですね。汽車でも30分くらいで行けるので便利です。
K:協力隊になって感じたことはなんですか?
M:協力隊のフリーミッション枠で活動できるので凄く助かっています。フリーで動けるので、デイサービスや読み聞かせ、料理教室等に参加しやすく、そこで村民の方との繋がりを築くと同時に村に馴染むことができました。
着任する前は、フリーミッションなのかどうかが定まってなかったこともあって、自分がどういう形で活動していくのか不明で少し不安でしたね。でも、結局フリーミッションで動けることになったので、凄く助かってます。
フリーで動けるので、デイサービスや市内でも行っていた読み聞かせ、料理教室等に参加してました。それによって、村民の方との繋がりを築くと同時に村に溶け込むようにしています。元々、海外に住んでいた時から「人が人を繋げる」という意識はあったので、こっちに来てからも変わってないですね。
最初は店舗も探してたんです。いずれは店舗を構えたいと思っていたので。でも、なかなか見つからなかったですね。ただ同時に移動販売も考えてました。と言うのも、タコスは宣伝が必要だと分かってましたし、移動販売の方が人の集まる場所に行きやすいなと。ロサンゼルスでは移動販売が主流なんです。それに、イベント出店もしやすいし。それで、「車両探してるんですよ」と言っていたら、知り合いの方にお声かけ頂いて。そこからはとんとん拍子で話が進んで、確保することができました。これもやっぱり"縁"だと思いましたね。それに、内装のセットアップも村民の方に手伝っていただけました。それこそ、車両を譲ってくださった方と村民の方も今は凄く仲良くやってますね(笑)
K:今後の目標はなんですか?
M:これから日高村で定住できるように、もっと生産者と繋がりを作り「音楽×食」で活動していきたいです。
「音楽×食」で活動をしていきたいので、生産者との繋がりをもっと作りたいですね。そして互いに連携し、タコスを通じて地キビなどの高知の昔ながらの食材やジビエを使って生産性が出るようにしたいのと、高知の食文化を繋げて、文化的に広めたいですね。また、自分もその輪の中に入って生活できるようにしていきたいと思っています。それと、キッチンカーで様々なイベントにも行けるようになったので、もっとファンを増やしていきたいですね。
K:協力隊へのアドバイスはありますか?
T:「相談しやすい」又は「話しやすい」人を一人見つけることかな。
協力隊として活動する人のスタンスや気持ちが大事。"やりたいことがあって、それをしたい!"というのと"ちょっと田舎でゆっくり過ごしたいなぁ"では過ごし方が全然違ってくると思います。だから、応募する前に、自分が出来ることやしたい事が見つかるのに越したことはないです。ただ、実際に活動していく中でしたい事とかは変化していくと思うけど、それは全然あっていいと思います。
あと、年齢関係なく「相談しやすい」、又は「話しやすい」人を一人見つけることも大事ですね。"みんなと仲良く"や"みんなにいい顔"すると大変だと思います。なので、その中でも一人、自分が話しやすい人・互いに相談に乗れる関係の人がいると、第3の場所みたいな感じで、田舎でも生活がしやすくなると思います。それに、そういう人がいると生活の視野も広がりますから。
いきつけいなかで他にもいろんな協力隊の活動を紹介中です!>
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