とまとと tomatoto小さな村の小さなゲストハウス兼、エントランスが誕生しました。

©tomatoto

とまとと tomatoto

in hidaka village
Eat & Stay とまとと
村の鍛冶屋を訪ねて
農具は鍛治職人が作ったものに限る!
  • 大野くわ製造処
  • とまととから、車で10分

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hidaka village
この村の主な産業は農業。農家を営む人でなくても、だいたいの人は自分のうちで食べる分の季節の野菜を育てるちょっとした畑を持っている。そんな日高村の人たちにとって、農具は日常の道具だ。「この鍬はワタシの身体に合わせて調整してあるんだよ。だからとっても使いやすいのよ」と、あるおばちゃんがちょっと誇らしげに教えてくれた鍬は、村内の職人さんが作っているものだという。その農具専門の鍜治職人の作業場は、日高村のメインストリートである国道33号線沿いにあった。
「大野くわ製造処」と書かれた素朴な木彫りの看板がかかっている建物の中からは、機械の音と金属を叩く音が聞こえ、ゴウゴウと燃える赤い火が見える。
_O7P2665.jpg_O7P2327.jpgこの製造所を立ち上げた大野浪治さんは83才。中学を卒業後に隣町の鍛冶屋に修行に出、村に戻ってしばらく別の鍛冶屋を手伝ってから、ここを始めた。
「80より上になっちゅう(80になってしまったので)、もうずいぶん耳が遠くなってしまった」と言うが、まだまだ現役の鍛治職人として、毎日、真っ赤に焼けた鉄を叩き農具を作っている。その浪治さんと一緒に作業をしているのは、二代目である息子の誠司さん。子どもの頃からこの作業を見てきた。
「家業についてどう思っていましたか? 他の仕事に憧れたことは?」と訊くと、「どうだったかなあ」と少し考えてから、「少なくとも嫌だと思ったことは一度もないですね」と答えた。
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その日、二人が作っていたのは、畝を作るときなどに使う平鍬。手のひらにのるくらいの小さな鉄の四角い塊を叩いて延ばして、四角い鍬の形にする。製造過程は、前半が誠司さん、後半の仕上げが浪治さんの担当。
作業場に大きな音を響かせていたのは、鉄を叩いて延ばすベルトハンマーだ。コークスが燃え盛る火床(ほくぼ)で、鉄の塊が真っ赤になるまで熱せられる。それをベルトハンマーの台に載せ、ダンダンダンダンと叩き延ばしたら金床に移し、職人の目と感覚で大きさを確認しながら鎚で叩いて整える。火床、ベルトハンマー、金床の3工程を繰り返し、鉄の塊は鍬の形になっていく。
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「平鍬作りで大事なのは、真ん中に縦に厚さを残すこと。背骨と言います。この背骨が鍬の強度を保ちます。そして、鍬の刃先には鋼を貼り合わせます。柔らかい鉄と硬い鋼を合わせることで、曲がりにくく折れにくくなるんです」(誠司さん)
刃先に鋼をのせた鉄を火床からつかみ出すと、真っ赤を通り越して黄色っぽくなっている。鋼をはり合わせるのに適温の1000度くらいの色だという。金床にのせて冷める前に叩き合わせる。火花が散る。一方、作業場の奥からは、浪治さんが作業しているギキィィィィィッという音がする
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「鍬の柄をとりつける『ひつ』という部分をつけています。うちで作る鍬のひつは四角い穴ですが、地域によってこの穴の形が違うんです」と、誠司さん。ならば、ひつを見るとどこのものか分かる?「分かると思いますよ。例えば、愛媛の鍬はひつが丸いですね」
地域差が表れるというこの「ひつ」が、手作り農具の使いやすさの秘密だ。柄の長さは使う人の身長に合わせるが、それを差し込むひつの取り付け角度もその人に合わせて調整するのだ。おばさんが言っていた「ワタシの身体に合わせた」とは、このこと。作るときのカスタマイズだけでなく、もちろん修理もしてくれる。この手作り農具は自分だけの一生モノなのだ、と思った。
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作業を終えた浪治さんの手を見せてもらった。やっぱり、厚ぼったくて、力強い手だ。そういえば、浪治さん、手袋をしていない。見回すと作業場の隅に忘れられたように置いてある。
「手袋をすると具合が悪いって、使わないんですよ」(誠司さん)
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できあがった農具は、鉄を叩いた鎚あとがゴツゴツと表面に残り、父子職人の手仕事を感じさせる(このあとピカピカに研磨するものもある)。これを見てしまうと、ホームセンターで売っている鍬がおもちゃみたいに感じられる。だからといって、大野さんの作る農具がとっても高いわけじゃない。日常の道具にふさわしいお手頃な値段だ。
「大野くわ製造処」では、平鍬のほかに、股鍬や先の丸い鍬、たけのこ掘りに使うたけのこ鍬や手斧など、用途ごとにいろいろな鍬を作り、販売している。大野さん父子が作る、日高の暮らしを支えている道具を、自分もひとつ欲しくなってしまった。
【聞き手・文=川瀬佐千子(編集者) 写真=宮川ヨシヒロ(フォトグラファー)】
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