日高村のメインストリートである国道33号線沿いに、「村の駅ひだか」がある。村の農産物や加工品、銘菓やお弁当などを扱い、食堂やイートインスペースも設けられた直販所兼観光スポットで、観光客や高知市内から遊びに来た人が名物のトマトや柑橘、霧山茶を買ったり、ランチをしたりしている。
そんな日高村の食にまつわる様々な品物が並ぶなかで、「これはなに!?」と目に留まったのが、お弁当やお惣菜と一緒に並ぶ寿司だった。
おなじみの太巻きやおいなりさんに、身厚の押し寿司、そしてこんにゃくの中にもすし飯! 早速買ってイートインスペースで食べてみる。太巻きにはぎゅうぎゅうに具が入っていてボリュームたっぷり。初めましてのこんにゃく寿司も、薄味で煮つけたこんにゃくの食感とご飯の組み合わせがおいしい。さてサバ寿司はというと、脂ののった旬のサバを使ったシメサバにぎゅうぎゅうっと密着するすし飯......ああ口福。これ、この辺では一般的なお寿司なのだろうか?
「田舎寿司ね。食べ応えあるでしょう? 私も村の駅で買って食べるけど、昔は家でも作ってたのよ」と、村の人が教えてくれた。おいしい! おいしい! と絶賛していたら、田舎寿司の名人を紹介してもらえることになった。村の駅で私が食べたものも、その名人の作だそうだ。
浜ちゃんと呼ばれている浜子さんは、日高村で長年飲食店を営んできた料理名人。今はもうお店をたたんでいるが、村の駅に出荷する以外にも注文に応じて田舎寿司を作っていて、平日で5升、週末で多い時は9升もご飯を炊いているという。
「昨日は太巻きを80本作ったよ。太巻きはやっぱり具がたくさんじゃないと、昔ながらにね。今日は、人参、ごぼう、干しいたけ、ほうれん草、インゲン、かまぼこ......あとなんだっけね、たくさんで忘れちゃうよ」 というわけで、まずは海苔巻き作りから。海苔の上にご飯を広げ、具を並べたら具がはみ出ないようにぎゅっぎゅっと力を入れながら巻いていく。包丁を入れると、色とりどりの具が顔を出す。
「具の彩りは大事。こないだね、スーパーで夕飯の買い物していたら、見つけたわけ、『これは太巻きによさそう』っていう具を。ほらあれ......カニカマ! それで夕飯の買い物をすっかり忘れちゃって。......そう、いつもお寿司のこと考えているよ。これ入れるとおいしそう、とか、田舎寿司に合いそうだな、とか」
次に浜ちゃんが手に取ったのはサバ。真ん中がまだ生っぽくほんのり赤みがかったあの絶妙なシメ具合も、浜ちゃんの長年の経験からはじき出された〝おいしいルール〟だ。酢飯は手で船を逆さまにしたような、中央が盛り上がった船形に整える。そこにシメサバを一匹のせて、手のひらでぎゅうぎゅうと押し付ける。
「サバ寿司は冬ね。昔は宴会料理で、みんな家で作りよった。なんでこの形にするかって? みんなこうしよるき。うちのお義母さんもしちょったよ。最初は、お義母さんが作るのを見て覚えたわけ。昔はそういえば、〝ひっつけ寿司〟って言ったね。こうしてすし飯にサバをひっつけるからね。......そのうちに、ゴルフ場のお客さん向けにサバ寿司を作って売るようになってね、みんなおいしいって言ってくれて、高知市内にお店を出さないかって言われたこともあるよ」
昔からファンがいるという浜ちゃんの田舎寿司のもうひとつの〝おいしいルール〟は、細かく刻んだ生姜入りのすし飯。生姜もこの界隈の特産品だ。生姜の爽やかな風味と辛味が感じられるすし飯は、脂たっぷりのシメサバと本当によく合う。
そういえば、このサバ寿司、身が外側で皮目が下になっている。よく見る鯖寿司は、皮が上になっているものが多い。ここにも浜ちゃんのこだわりが? と聞いてみると、曰く「この辺は身を上にしてることが多いと思う。そもそも、皮が上になってたら(模様が)気持ち悪いでしょう」。
漬物も寿司にするのが、田舎寿司の特徴。白菜漬けですし飯を包んだり、ミョウガの甘酢漬けやナスの漬物で握りにしたり。色鮮やかな漬物寿司も、どんどんお皿に並んでいく。
こんなふうに毎日田舎寿司を作り続けている浜ちゃんは、毎朝3時台には厨房に立っているという。長年、息子さん夫妻が浜ちゃんを手伝ってきたが、3年前からはお孫さんが本格的に修行として手伝いを始めたそう。小さい頃から食べて来たおばあちゃんの田舎寿司の味を受け継ぎたいと思ったんだと、彼女はこんにゃくにすし飯を詰めながら教えてくれた。並んで漬物寿司を握りながら、浜ちゃんは厳しい師匠の目で孫を見守る。
「まだまだ修行してもらわなきゃ。すし飯はお酢の塩梅が一番大事だし、具の味付けも数字じゃないからね。分量をはかって作って見たこともあるけど、やっぱりダメだね。カンだから。一緒に作って覚えてもらわないとね」
今年の夏は、これまで作ってこなかった鮎寿司にも挑戦するという。鮎はもちろん仁淀川でとれるもの。
「きっとおいしいから、またその季節になったら食べに来なさいね」
この道40年の名人、浜ちゃんのお寿司の新作か。夏に来るのが楽しみだ。
【聞き手・文=川瀬佐千子(編集者) 写真=宮川ヨシヒロ(フォトグラファー)】
そんな日高村の食にまつわる様々な品物が並ぶなかで、「これはなに!?」と目に留まったのが、お弁当やお惣菜と一緒に並ぶ寿司だった。
おなじみの太巻きやおいなりさんに、身厚の押し寿司、そしてこんにゃくの中にもすし飯! 早速買ってイートインスペースで食べてみる。太巻きにはぎゅうぎゅうに具が入っていてボリュームたっぷり。初めましてのこんにゃく寿司も、薄味で煮つけたこんにゃくの食感とご飯の組み合わせがおいしい。さてサバ寿司はというと、脂ののった旬のサバを使ったシメサバにぎゅうぎゅうっと密着するすし飯......ああ口福。これ、この辺では一般的なお寿司なのだろうか?
「田舎寿司ね。食べ応えあるでしょう? 私も村の駅で買って食べるけど、昔は家でも作ってたのよ」と、村の人が教えてくれた。おいしい! おいしい! と絶賛していたら、田舎寿司の名人を紹介してもらえることになった。村の駅で私が食べたものも、その名人の作だそうだ。
浜ちゃんと呼ばれている浜子さんは、日高村で長年飲食店を営んできた料理名人。今はもうお店をたたんでいるが、村の駅に出荷する以外にも注文に応じて田舎寿司を作っていて、平日で5升、週末で多い時は9升もご飯を炊いているという。
「昨日は太巻きを80本作ったよ。太巻きはやっぱり具がたくさんじゃないと、昔ながらにね。今日は、人参、ごぼう、干しいたけ、ほうれん草、インゲン、かまぼこ......あとなんだっけね、たくさんで忘れちゃうよ」 というわけで、まずは海苔巻き作りから。海苔の上にご飯を広げ、具を並べたら具がはみ出ないようにぎゅっぎゅっと力を入れながら巻いていく。包丁を入れると、色とりどりの具が顔を出す。
「具の彩りは大事。こないだね、スーパーで夕飯の買い物していたら、見つけたわけ、『これは太巻きによさそう』っていう具を。ほらあれ......カニカマ! それで夕飯の買い物をすっかり忘れちゃって。......そう、いつもお寿司のこと考えているよ。これ入れるとおいしそう、とか、田舎寿司に合いそうだな、とか」
次に浜ちゃんが手に取ったのはサバ。真ん中がまだ生っぽくほんのり赤みがかったあの絶妙なシメ具合も、浜ちゃんの長年の経験からはじき出された〝おいしいルール〟だ。酢飯は手で船を逆さまにしたような、中央が盛り上がった船形に整える。そこにシメサバを一匹のせて、手のひらでぎゅうぎゅうと押し付ける。
「サバ寿司は冬ね。昔は宴会料理で、みんな家で作りよった。なんでこの形にするかって? みんなこうしよるき。うちのお義母さんもしちょったよ。最初は、お義母さんが作るのを見て覚えたわけ。昔はそういえば、〝ひっつけ寿司〟って言ったね。こうしてすし飯にサバをひっつけるからね。......そのうちに、ゴルフ場のお客さん向けにサバ寿司を作って売るようになってね、みんなおいしいって言ってくれて、高知市内にお店を出さないかって言われたこともあるよ」
昔からファンがいるという浜ちゃんの田舎寿司のもうひとつの〝おいしいルール〟は、細かく刻んだ生姜入りのすし飯。生姜もこの界隈の特産品だ。生姜の爽やかな風味と辛味が感じられるすし飯は、脂たっぷりのシメサバと本当によく合う。
そういえば、このサバ寿司、身が外側で皮目が下になっている。よく見る鯖寿司は、皮が上になっているものが多い。ここにも浜ちゃんのこだわりが? と聞いてみると、曰く「この辺は身を上にしてることが多いと思う。そもそも、皮が上になってたら(模様が)気持ち悪いでしょう」。
漬物も寿司にするのが、田舎寿司の特徴。白菜漬けですし飯を包んだり、ミョウガの甘酢漬けやナスの漬物で握りにしたり。色鮮やかな漬物寿司も、どんどんお皿に並んでいく。
こんなふうに毎日田舎寿司を作り続けている浜ちゃんは、毎朝3時台には厨房に立っているという。長年、息子さん夫妻が浜ちゃんを手伝ってきたが、3年前からはお孫さんが本格的に修行として手伝いを始めたそう。小さい頃から食べて来たおばあちゃんの田舎寿司の味を受け継ぎたいと思ったんだと、彼女はこんにゃくにすし飯を詰めながら教えてくれた。並んで漬物寿司を握りながら、浜ちゃんは厳しい師匠の目で孫を見守る。
「まだまだ修行してもらわなきゃ。すし飯はお酢の塩梅が一番大事だし、具の味付けも数字じゃないからね。分量をはかって作って見たこともあるけど、やっぱりダメだね。カンだから。一緒に作って覚えてもらわないとね」
今年の夏は、これまで作ってこなかった鮎寿司にも挑戦するという。鮎はもちろん仁淀川でとれるもの。
「きっとおいしいから、またその季節になったら食べに来なさいね」
この道40年の名人、浜ちゃんのお寿司の新作か。夏に来るのが楽しみだ。
【聞き手・文=川瀬佐千子(編集者) 写真=宮川ヨシヒロ(フォトグラファー)】